お話は立ったままで行われた。その方が講義慣れしているので、とのことだった。われわれも大学生になったつもりで謹聴した。もっとも序論はきわめて個人的なエピソードで皆の緊張を上手にほぐしてゆく。ペースメーカーを胸に埋めニトロを持ち歩いている、大学を早期退職し地方都市で晴耕雨読の毎日を楽しんでいる、と言われる。そんな身体で、しかし、イスラエルへの長旅を決意したのはなぜか。話は一気に核心へ及ぶ。
かなり前から先生は、聖書にある 「神」 という訳語におおいなる疑問を抱いていた。また一般にユダヤ教は一神教といわれるが、それはちょっと違うのではないか、と考えていた。その他キリスト教についても、先生は日本とアメリカの神学校に学んだにも拘らず、あるいはそれ故にか、さらに多くの疑点がもちあがり悩んでいた。ところが近年、フランスの神学者シュラキによって先生永年の疑点がみごとに解決されたフランス語訳聖書が発行された。ここは本人に直接会って、教えを乞うに如くはない。そう考えると居ても立ってもいられない。医者からようやく許可をとり、万一にそなえて奥さんを伴い、訳者の住むイスラエルへこの夏いわば決死の旅をされたのだった。
こうして宇都宮先生の「ユダヤ系思想家たちの見たヨーロッパ」と題した講義がはじまった。それは、
Ⅰ イスラエル 地図/年表
A 6月のイスラエル再訪問 B イスラエルの意味 C ユダヤの意味
Ⅱ ユダヤ系思想家たちとの出会い
A 英文学とカバラ B 旧約聖書と現代ユダヤ系思想家たち
C デリダとシュラキ訳聖書 D 「神」と「エロヒム」
Ⅲ デリダとヘブライ語聖書 二項対立(A/B) → 脱構築(A|B) → 再構築(A=B)
A デリダ 差延の説明 B 二項対立 C 時間の問題 ヘブライ語における時制変換
Ⅳ ユダヤ系思想家たちのヨーロッパ文化/文明批判
A E. フッサール: 『ヨーロッパ諸学の危機と超越的現象学』
B E. フロム: 『自由からの逃走』 C “Be” ウィトゲンシュタイン
Ⅴ ユダヤ系以外の思想家たち
A エリック・フェーリゲン(1901-1985)
B ジャック・ラカン(1901-1981)
Ⅵ 象徴から隠喩へ
M. ピカート: 『われわれ自身のヒトラー』
プログラムを一瞥しただけでも明らかなように、「ユダヤ」をキーワードにして広範かつ深層にわたるヨーロッパ思想界を縦横自在に論じ、語りつくしてゆかれる。よほどの基礎知識がなければ付いてゆけない。ましてこれを纏めるとなると、わたしの能力では無理なことが分かった。さいわい先生には幾冊か著作があるので、それを繙くことによって、われわれは先生の思想に幾分なりとも接近することができよう。わたしは先生が当NPO-IFに寄贈された 『文学と神学の間 - ミルトン・言語・聖書解釈をめぐって』 (近代文芸社、2000年) と 『エロヒムの子・イェシュア』 (近代文芸社、2002年) を読んで、ようやく先生の話が見えてきたと思った。しかし、ここでは未だまったく個人的な感想しかつづることができない。
根源的な問い わたしは先生の話を伺いながら、しばしば 『マルテの手記』 に思いをはせていた。そこには未だ名もない二十八歳になったデンマークの詩人マルテに託して、リルケは、 「果たして誰も真実なもの、重要なものを見なかったのだろうか。 ・・・発明や進歩、文化や宗教や聖賢の遺訓があるにもかかわらず、人間はいつまでも人生の表面にだけ暢気(のんき)に暮らしてゆくのだろうか。 ・・・世界のすべての歴史が間違って理解されている、ということがあるのだろうか。 ・・・「神」と自分でいいながら、神をなにか共有物のように思いこんでいる人間があってよいのだろうか。 ・・・」と幾つもの根源的な問いを発し、 「そうだ、そんなこともあるらしい」 と自答する。そして 「もしこんなふうなことがそれぞれあり得るとすると、 ・・・是が非でも、僕は何か書いてみせねばならぬ。自分がたとい最も適当な人間でなくとも、ただ人間の一人でさえあるならば、結局、自分のほかにその人はないのだ」 (大山定一訳) と決意を述べるのである。
わが宇都宮先生もまた大胆かつ根源的な発想の持ち主であった。 『エロヒムの子・イェシュア』 は 「二千年もの間クリスチャンは名もない「神」を信じ、礼拝してきた」 という誠に挑戦的ないし挑発的な一文ではじまる。なぜなら 「聖書において訳される 「神」 は固有の名前をもっている」 のに、固有名として訳されなかったからである。たとえば旧約・新約を含めて最も重要な創世記冒頭の一文は、 「はじめに神は天と地を創造された」 ではなく、 「初めにエロヒムはもろもろの天と地を創造した」 (18ページ) と訳されなければならない、と主張する。 ( 前記シュラキのフランス語訳ではそう訳された)。そして原文のヘブライ語をカタカナ読みにして示しておられる ( ベレシート バラー エロヒーム エット ハシヤマイーム ヴェエット ハアレツ )。つまりエロヒムなる固有名は 「他者」 の名前であるから翻訳不可能であるのに、これを 「神」 と訳したのがそもそもの誤りであった、と。 ・・・わたしは神学はもとより聖書学にもまったく疎いので、先生の説が正しいとは思うが、なぜに他の聖書学者や聖職者からいままで賛同されなかったのか、分からない。ただこれに関連して最近おもしろい発見があったので記しておく。鴎外の名訳 『即興詩人』 (岩波文庫) 上巻 「猶太をとめ」 の章は主人公アントニオがローマのゲットーをさまようくだりを描いているが、そこではユダヤ教徒の家々の窓という窓から 「ベレスヒツト バラ エロヒム」 という祈りの声が聞こえてきた、とある。長島要一によれば、祈りの句なので題目のように聞こえればよく、あえて訳さなかったらしい ( 『森 鴎外 文化の翻訳者』岩波新書、2005年)。もし可能なら、ここはぜひ鴎外に問いただしたいところだ。 「この条(くだり)を日本語に訳されるとすれば、エロヒムをどうされますか。」
翻訳の意味 「明治以後の日本文化は翻訳文化であるとよく言われるところである。別な表現を使うと、これは借り物文化ということである」 (30ページ) と先生は断言する。かつて埴谷雄高も丸山眞男との対談で同じようなことを語っていた。 「日本の思想は、仏教伝来以来、漢文化の移入にせよ、ヨーロッパ文化の取入れにせよ、まずできあがった思想の丸ごと輸入なんだよ。ぼくの言葉でいえば 「十の思想」 を入れる。それに一か二を加えるのが、いわゆるわが国の思想家ということになる。 ・・・学者はだいたい語学ができて、むこうの本が読めるもので翻訳業者がちょっと自分をつけ加えたといったものが学者の伝統なんだね」 ( 『丸山眞男 座談8』 岩波書店、1998年) とまことに手厳しい。その点で前記の長島本は鴎外の文学活動の一部をたんなる外国語からの翻訳ではなく、これを文化の翻訳と位置付けた労作である。わたしも翻訳者の一人として、 「借り物文化」 ではなく自前の文化を創造するためにも、あらゆるものに対してつねに根源的な問いかけを行わなければならない。
最後に、いっそう個人的なことながら、先生の文中に旧友の名を見つけて驚いてしまった。先生は森内俊雄の 『福音書を読む イエスの生涯』 を7行にわたって引用されていたのである (106ページ)。さらに意外なことに、赤岩栄の名とも出くわした (147ページ)。じつは大学一年のとき、わたしは森内君にさそわれて毎週のように代々木上原にあった赤岩さんの教会に通っていた。信者のなかには赤岩さんによってクリスチャンとなった椎名麟三もいて、説教に聴きいっていた。それは説教というより講義とでも呼ぶべきもので、最新の聖書学の成果を熱心にかたり聞かせてくれた。わたしは結局、信者にはなれなかった。しかしヨーロッパ文明を理解するためにはキリスト教をさらに勉強しなければならない、という確信だけはこのとき心にきざみこんだ。
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