ヨーロッパにありて日本になきものの1つにジプシー/ロマ問題が挙げられよう。従来のジプシーなる呼称が蔑称に通ずるとして、現今は彼らの言葉で「人間」を意味するロマが多用される。しかし関口さんは、そうした形式主義には拘泥しない。要は使用する人の心の問題だと強調して、ジプシーを多用した。私はまず、関口さんのそうした研究対象に対する真摯な態度に心打たれた。
関口さんは日本のみならず世界でも珍しいジプシー音楽の研究者だが、氏の強みは何といっても行動力にある。それもただフィールドワークに終始するのではなく、会社・音頭の社長として、自分の耳に訴える演奏家やバンドを日本へ招聘しているのだ。当然、自己満足は許されず、商業ベースにも乗る本物のジプシー音楽を求めてバルカン、中近東にしばしば足を運ぶことになった。
今回NPO-IFの講演では、CDを絶えず流しながら具体的に話を進めてゆかれたから、われわれはすっかり魅了されてしまった。1時間半があっという間に過ぎ、たくさんの質問が発せられて、会はさらに盛り上がったのである。勿論、ジプシーの実際を知る関口さんは、音楽界だけを語ったわけではない。彼らの生活が生存ぎりぎりな状況にも触れられた。研究対象に惚れ込むことと、これを美化することとは、全く別問題なのだ。私はそこに関口さんのストイシズムを見たような気がする。
バルカンのジプシー音楽に関して言えば、最大のジプシー人口を抱えるルーマニアや、今なお謎めいたアルバニアに就いての情報が貴重だった。ただ私は旧ユーゴスラビアに長らく留学していたこともあって、やはり、旧ユーゴに関する話に格別の興味をもって聞き入った。例えばセルビア南部のグチャで毎年行われるブラスバンド・コンクールの話や、また二度もカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したクストリッツァ監督が『ジプシーの時』、『黒猫・白猫』あるいは『アンダーグラウンド』で効果的に用いているジプシー音楽の話が特に興味深かった。
私は、もっと関口さんのことが知りたくて『バルカン音楽ガイド』(青土社、2002年)を買い一読したが、つい先日の「朝日新聞」の「著者にきく」欄では氏の最新作『ジプシー・ミュージックの真実』(青土社、2005年)が紹介されていた。関口さんのお陰でようやく日本でもジプシー音楽が市民権を得たようで、誠に喜ばしい限りである。
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