第 99 回 講 演 会  前回 / 次回 / 一覧へ戻る 
日  時  2013年 05月 10日(土) 16:00 - 18:00 
場  所  渋谷アイビスビル 10階
講演タイトル  アルジェリアという国
  ――フランス植民地支配からマグリブの独立国家へ
講  師  小山田 紀子 氏
プロフィール 小山田 紀子(新潟国際情報大学)
 津田塾大学大学院国際関係学研究科博士課程単位取得満期退学、吉備国際大学社会学部助教授を経て、現在、新潟国際情報大学情報文化学部教授。専門は、マグリブ近現代史。大学院在学中、プロヴァンス大学留学、1980年代にアルジェ大学での調査研究、アルジェリア農村調査等を行う。共訳書にバンジャマン・ストラ著『アルジェリアの歴史』(明石書店)など。
内  容  アルジェリアは、北西アフリカの西方アラブ圏諸国(チュニジア・アルジェリア・モロッコ)を指すマグリブ地域の中央部に位置し、アラブ・イスラーム世界の一環を構成している。7世紀以降のアラブ軍の西征によって、マグリブのアラビア語化とイスラーム化が進行し、約10世紀の間に先住民のベルベル系住民(アマジグ)をも含め、ムスリム(イスラーム教徒)人口が増加し、自らをアラブと認識する人々が主流になっていく。
 16世紀初頭以降、アルジェリアはオスマン帝国の一属州となり、西地中海のトルコ人支配の拠点となるアルジェ政庁は、1518年から約320年間アルジェリアを支配することになる。19世紀初頭になるとヨーロッパ列強の地中海進出に伴い、オスマン帝国が弱体化していき、アルジェ政庁のトルコ人政権も崩壊過程をたどる。地中海で英仏が競合する中、「扇の一打事件」を契機にフランスは1830年アルジェリアへの征服を開始し、その後132年間にわたってアルジェリアを植民地支配下に置くことになる。
 19世紀のフランスの植民地政策の特徴は、土地政策とヨーロッパ系入植民社会の形成にあった。それはとりもなおさず、アルジェリア農村社会を崩壊に導くことになり、部族共同体が解体され土地を失った原住民は、フランス人入植者のブドウ栽培農園に農業労働者として雇われたり、都市に移住しスラム街を形成したり、さらにはフランスに移民労働者として出ていく者も増えていく。こうした背景の下で、両大戦間期に民族運動が芽生え発展し、1954年に独立戦争が勃発する。アルジェリア人は7年半の戦いで50万人以上の犠牲者を出した後、ドゴールの第五共和制政府とのエヴィアン合意をへて1962年独立する。
 入植者のほとんどすべてがフランスに引き揚げた独立後は、農地改革からアルジェリアの社会主義国家建設が進められる。しかし、アルジェリア経済は植民地時代のブドウモノカルチャーから1950年代の油田の発見によるサハラの石油モノカルチャーへの依存と大きく変貌を遂げていく。1988年10月暴動をきっかけに進み始めた民主化は、イスラーム主義者と政府・軍部との対立により内戦に発展し、90年代に10万人の犠牲者を出して失敗に終わった。このような経験から「アラブの春」もアルジェリア国民を動かさなかった。しかし、2013年1月、内戦後10年のアルジェリアの不気味な静寂は南部サハラのイナメナスの人質事件で破られたのである。